読みものヽ(´∀`)

(10)『母の想い出』Eの中

 ようやくお広前(自宅から約二粁)にたどりついた母は、御結界の前にはい寄った。
 ちょうど、修行中であった川並為作師(熊本県玉名教会初代教会長)がお手代り奉仕になっていたが、母の姿を見て、奥の間の恩師にその由を伝えられ、すぐに恩師が御結界にお座りになった。その時のことを恩師は、
 「矢野さんのそのときの姿は、顔がぶくぶくにふくれあがり、前から見たら耳が見えなかった。あら耳がないと思ってよく見ると、小さな耳がついている。ひざの上に置いたつもりの両手が、腹の両側にある。相撲取りというけれど相撲取りどころではない、まったくの化け物であった」と、物語っておられた。
 恩師は内心「ようもこんな身体でお参りができたものだと泣きたい思いであった」とも仰せになっていた。
 「しかし、ここで弱いことを言えば、せっかく張り詰めて参ってきた(母の)心が挫ける。また、どのくらいの決心でお参りしたのであろうかと、軽く石を投げてみた。池でも水面に石を投げると、波紋を描く。そこでわざと、『矢野さん、えらい肥えたなあ』と問いかけた」とも物語っておられた。
 ところが、母は真剣そのもので、
 「先生、これは肥えたのではございません。腫れているのでございます。先生、今回はとても助かりません。生きるも死ぬるも神様にお任せて安心でございますが、今まで何一つ喜んでいただくことができず、神様にお詫びばかりしております。神様は天地の親様で何もかもご承知ですが、先生にはお目にかからぬとお詫びができませぬので、本日出て参りました。先生、これがお別れでございます」と言う。
 恩師は、泣きたいほどの感動を抑えられつつ、この人には何を言うても取り違えることはないと、思う存分のきついご理解をされた。
 「矢野さん、あんたは生き別れに来たとは、えらい(たいそう)信心の帆を下げたな。
 金光様は死ぬる用意をするよりも生きる用意をせよと仰せになってある。
 今まで何を信心してきたか、一心一心と言うても、口で言うようにたやすいものではない。死んでもよいと言っても、本当に死んだら後はどうなるであろうか。
 主人もまだ若いが、後妻を迎えるであろう。そうしたら二人の子どもは継母から育てられることになるが、どんな思いをするであろうかと思えば、心は千々に迷うであろう。
 死を覚悟しているあなたには、そんな不安はないはず、これからが本当の一心というものじゃ。なぜ、その決心と覚悟をもってお願いせんのか。
 自分は今死んでも、生まるる力も、生きる力もない者が、三十三年間生かされ恵まれてあるのだから、三十三年間もうかったわけだが、三十三年間ご苦労くださってある神様のご損は考えたことがあるか。病気が命取りなら、信心も命懸けじゃ」と、それから本多平八郎忠勝の話をされた。
 「昔、徳川の四天王の一人、鬼本多といわれた豪の者、本多平八郎忠勝が臨終の際に、近習の者を呼んで、矢立と紙を持って来させて、さらさらと辞世の句を詠んだ。それは、上の句を『死んともな ああ死んともな』と書いたので、側に侍っていた家族や重臣たちが、たいそう残念がったということである。
 それは、武士たる者が一番の恥とすることは、死を恐れるということで、佐賀の葉隠にも、『武士道とは死ぬことを見つけたり』と、記されている通りである。それに、世間から鬼本多とまでうたわれた主君が、死に直面してそのような未練がましい辞世を詠むとは何事か、こんな事であれば、早く禅宗の坊さんにでも頼んで、引導を渡してもらっておけばよかったと嘆いたそうなが、その下の句に、『御恩を受けし君を思へば』と詠んだ。それでみんながホッとしたそうな。
 矢野さん、本多平八郎が受けた主君家康公のご恩と、天地金乃親神様のご恩とはくらべものにならないが、あなたは死んでもよかろうが、このご恩には、どうして報いるつもりか」と、強くお諭しになった。
(続きへ)

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