『歪みの国のアリス』 Other stories 〜女王編〜 耳元で声がした。 それは−− チェシャ猫の声だった 雪乃の声だった お母さんの声だった 叔父さんの声だった 誰の声か分からなかった →[女王の声だった] なぜか泣きそうな声だった。 その声が悲しかった。 私、あなたを泣かせている? お願い。そんなふうに泣いたりしないで。 どこにそんな力が残っていたんだろう。 頭で考えるより先に、手が動いた。 包丁をチェシャ猫の背中から引き抜く。 不思議とそれはするりと抜けた。 私はそれをシロウサギの胸に、思い切り突き立てた。 あっさりとシロウサギの体は刃を飲み込む。 ごめんなさい。でももう−− もう、泣かせたくないの。 「ごめん。ごめんね、シロウサギ…」 私は包丁の柄を握ったまま泣いた。 全て私が作り出したことだというのなら、 どうしてこんな結末にしかならないんだろう。 どうして私はあなたを助けてあげられないんだろう。 肩に、微かな重みを感じて頭を上げる。 そこにはシロウサギの顔があった。 血にまみれた白い手が私の肩をあやすように叩いた。 長いふたつの耳。 白いふくふくした毛におおわれた顔。 まんまるの赤い目。 雪乃の顔でも、歪んだ顔でもない シロウサギの白い顔。 ひどく懐かしく思った。 「泣かないで。アリスは何も悪くないんだよ」 シロウサギはそう言って私の頭をなでた。 −−そう。あなたはいつもそう言ってくれた。 お母さんにぶたれて泣く私を、いつも そう言って慰めた。 ようやく思い出せた…。 「私行けないの…一緒には行けない…」 行くわけにはいかないじゃない。 だって。 あなたが守ってくれて、私はここにいるから。 「?…」 ウサギは不思議そうに首をかしげる。 「ごめん。ごめんなさい…」 「泣かないんだよ、アリス。 ほら、いい子だからねぇ」 小さい頃と同じようにシロウサギは、 私の頭をなでた。 頭をなでてもらうのもきっとこれが最後。 私は精一杯笑ってみせる。 泣いてたら、シロウサギが心配する。 心配かけ通しでごめんなさい。 −−最期くらい、安心して。 握っていた包丁をさらに深く突き刺した。 「私、大丈夫だからね」 私がそう言うと、シロウサギは安心したように目を細めて笑った。 −−この痛みを、ナイフが肉に食い込む この感触を、覚えておこう。 あなたの肌の白さ、赤い目も、 柔らかな声も、 この血の匂いも。 今度は全部覚えておくから。 だから私があなたの姿を失っても、 私の中からあなたが消えることはない…。 崩れ落ちたシロウサギの体が、 床に転がったチェシャ猫の体が、 ガラス細工のように粉々に砕けた。 世界が真っ白に光る。 私は瞬きもせず、光の洪水の中にいた。 やがて、破壊的な白い光が消え、 視力がゆっくりと戻る。 薄暗い濡れた解剖室。 ころりとお母さんの首が転がっている。 そのほかには何もなく、残されたのは、 ふぬけのように座り込む私だけ。 廊下で人の声がする。 戻らなきゃ…ベッドに。 うろちょろするなって…怒られちゃう…。 立ち上がろうとして、私はバランスを 崩し、そのまま、気を失った…。 −−その日から、私が不思議の国の住人を 見かけることは、無かった。 [先頭ページを開く] [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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